「教えて茶道」Vol,30

菊薫る季節、秋晴れのいい天気が続きます。
日差しの強さに暖かさは異常のように思えます。
温暖化のせいでしょうか、私のできること、ゴミを出さないように
気をつけております。

炉での薄茶点前
風炉から炉へ変った初めの日は、ベテランの方でも、基本になる
お薄点前からお稽古いたします。 準備する上で注意すべきことは、
竹の蓋置を使用するときは 節が中ほどにある炉用を使用します。
柄杓も炉用で、柄の切止めが 皮の方にあるものを使います。
水屋では、薄茶器に中高にお茶を入れ、茶碗を清め、茶巾をしぼって、 たたみ、茶碗に入れ、茶筅は一度水でぬらし、かがり糸の結び目が
上になるように茶碗に仕組み、茶杓をふせて、
茶碗の右側へかけます。
これらは、風炉の時と同じですが、厳冬期には、
茶碗を温めておきます。
水指には八分目の水を入れ、建水も清めて、蓋置きを入れ、
柄杓を水で 清めて、合を下にして建水の縁にかけておきます。

干菓子
器に形よく菓子を盛りつけます。 お薄茶には、干菓子を出します。
お濃茶では、なま菓子を出しますが、 大寄せの茶会ではお薄だけで両方のお菓子が出されます。
用意ができると、最初に菓子を運び、正客正面、畳の縁外に置いて
一礼して帰ります。
両手で水指を持って茶道口に座り、水指を建て付けに置いて襖を
開け一礼します。(お薄を一服差し上げますの意味の礼)
この時客も一礼をするので総礼となります。
次に茶碗とお薄器を持って入り、水指正面に置きます。
ふたたび、建水を左手に持って入り、襖を閉めます。
居前に進んで、炉縁の内隅をねらって座ります。

「天下茶屋」 
(大阪市顕彰史跡) 大阪市西成区岸里東2ー10
今から約400年あまり昔、太閤秀吉が住吉大社参詣や堺への行き帰りの際 茶亭に立ち寄り、(天正年間:1573ー92)茶の湯を楽しみ、 付近の風景を賞したことから、その茶亭を殿下茶屋の名が起こり、のち、 天下茶屋と称するようになったと言われる。
第二次大戦前は茶亭 とはいえ、その由来を示す建物(芽木家)は豪装な物であったことを窺がわせるのに十分であった。
戦災で焼失し、現在は天下茶屋跡として くすのきの巨木と土蔵が残っている。(昭和62年修復) 
今から約 70年前、まだ未舗装であった住吉街道に沿った屋敷の前面の一隅に 「太閤さんが飲みはった水」が通行人の喉を潤していました。